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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)257号 判決 1972年11月30日

主文

一  原判決中第一審原告敗訴部分を次のとおり変更する。

第一審被告は第一審原告に対し、更に金拾弐万参千百八円を支払え。

第一審原告のその余の請求を棄却する。

二  第一審被告の控訴を棄却する。

三  訴訟の総費用はこれを三分し、その二を第一審原告の、その余を第一審被告の各負担とする。

四  この判決は第一審原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

昭和四七年(ネ)第二五七号事件につき、第一審被告代理人は、「原判決中第一審被告敗訴部分を取消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との旨の判決を求め、第一審原告代理人は控訴棄却の判決を求めた。

昭和四七年(ネ)第四〇七号事件につき、第一審厚告代理人は、「原判決中第一審原告敗訴部分を取消す。第一審被告は第一審原告に対し更に金二一五万四、九六七円を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との旨の判決を求め、第一審被告代理人は控訴棄却の判決を求めた。〔証拠関係略〕

理由

一  当審における新たな弁論および証拠調の結果を斟酌しても、本件事故の発生とその態様並びに右事故より第一審原告が被つた傷害の部位、程度およびその治療の状況については、原判決がその理由説明一において説明するところと同一の理由によつて原判決認定の事実と同一の事実を認めることができる。

二  第一審被告が本件事故現場である群馬県高崎市柴崎町九三六番地先交差点を横断するに際し、徐行義務に違反したことにつき過失があつたことは当事者間に争いがないから、第一審被告は右事故により第一審原告が蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

三  第一審原告が本件事故によつて被つた損害についての判断。

(一)  治療費

治療費のうち昭和四四年五月二二日から同年八月二八日までの分金二万一、二八〇円を第一審原告が支出したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を総合すると、第一審原告は昭和四四年九月四日から昭和四五年一〇月二一日までに通院治療費として合計金三万二、二五六円を支出していることが明かであるから、以上合計金五万三、五三六円が第一審原告が支出した治療費である。

(二)  入院雑費

〔証拠略〕によれば、第一審原告は本件事故発生の日である昭和四三年八月二六日から同年一〇月五日まで内堀医院に入院し、次いで右一〇月五日から同年一一月二九日まで県立高崎病院に転院したことが認められるところ、入院一日当り金二〇〇円の入院雑費を支出したものと認めることが経験則上相当であるから、右入院日数通計九六日分合計金一万九、二〇〇円の限度内である金一万八、〇〇〇円の雑費を支出したとする第一審原告の請求は正当である。

(三)  付添看護費用

〔証拠略〕によれば、第一審原告の娘である訴外岡田和子は、ハープシコードの勉学のためウイーンに留学すべく昭和四三年八月二四日日本を出発し、途中モスクワに到着したところで本件事故の通知を受けたため、同年九月六日急拠帰国し、翌七日から同年一〇月五日まで内堀医院入院中の第一審原告に付添つて看護したこと、同医院には別に付添婦が付いていたが、第一審原告は入院当初は危篤状態で、一週間は意識が混濁していたというような状態であつて、付添婦のみでは看護が十分に行届かなかつたため和子も右のとおり付添看護に当つたこと、然し第一審原告が県立高崎病院に転院した後は、和子は隔日に病院に赴き食物、洗濯物等を届けた程度であつたことが認められる。されば第一審原告の内堀医院入院期間中における和子の合計二九日間に亘る付添看護に対しても相当の対価が支払われるべきであつて、右対価もまた本件事故による損害として計上すべきであるが、その額は別に職業付添人がいたことも考慮して一日当り金五〇〇円をもつて相当とする。よつてその二九日分合計金一万四、五〇〇円も本件事故による損害として計上すべきである。

(四)  休業損害

第一審原告が家庭の主婦であることは〔証拠略〕によつて認めることができ、また〔証拠略〕によれば本件事故当時満六四才であつたことが認められるところ、かかる高年令の主婦の家事労働の経済的評価額は一日金五〇〇円程度にとどまるものと経験則上判断される。而して〔証拠略〕を総合考慮すると、第一審原告が家事労働に従事することができなかつた期間は入院期間中および退院後に亘る合計六箇月と推認され、これを左右するに足りる証拠はないから、第一審原告の休業損害は金九万円をもつて相当と認める。

(五)  訴外岡田和子の旅費

〔証拠略〕を総合すると、訴外岡田和子は、前認定のとおりハープシコードの勉学のため昭和四三年八月二四日ウイーンに向けて日本を出発したが、本件事故の通知を受け、同年九月六日途中モスクワから帰国して第一審原告の看病に当つたため、第一審原告が右和子のために調達した留学のための諸費用のうち、横浜からナホトカ経由ウイーンまでの旅費金一三万二、二四四円が無駄となつたのみならず、帰国のためモスクワからナホトカ経由横浜までの旅費として金八万四、〇三四円の支出を余義なくされた結果(和子は、昭和四四年四月改めてウイーンに赴いた)、以上合計金二一万六、二七八円に相当する損害を蒙つたことが認められ、右損害も、本件事故と相当因果関係にある損害として計上せらるべきである。

(六)  慰藉料

第一審原告は前認定のとおり本件事故に基く傷害によつて入院九六日、通院二三箇月(実治療日数二七日)を要したのみならず、〔証拠略〕を総合すると、第一審原告は本件事故によつて脳挫傷、左大腿挫創、腰部打撲傷の損害を蒙り、入院時は意識なく危篤状態であり、一週間意識が混濁していたが、遂次意識を回復し、腰部、左大腿部の傷害は軽快し、昭和四五年春頃には、その起居動作はほぼ外見上通常人と異ならない程度に回復し、再び自動車の運転をするようになつたが、本件事故による後遺症として、注意力、記憶力の減弱、頭痛、眩暈、不快感、易疲労性、嗅覚の鈍麻等の症状を呈しており、これらの症状は今後に亘つて改善の見込が乏しいことが認められる。

右傷害の程度、入通院期間および後遺症の程度にかんがみ、かつ後記のような第一審原告の過失の程度を斟酌するときは、第一審原告の請求し得べき慰藉料の額は金五〇万円をもつて相当と認める。

(七)  被害車修理費

〔証拠略〕を総合すると、第一審原告は被害車の修理費として金一四万二、三九〇円を支出したことが認められる。

四  第一審被告の抗弁についての判断。

(一)  第一審被告主張の過失相殺の主張について按ずるに、〔証拠略〕を総合すると、原判決添付見取図甲道路の幅員は約五・五米、乙道路の幅員は約七・三米であり、甲道路の交差点の手前に一時停止標識があつたこと(この点は当事者間に争いがない。)、乙道路を時速約六〇粁で進行していた第一審被告は、本件交差点にさしかかつた際に、第一審原告の車輛を現認しているにもかかわらず別段速度を減ずることなく、かつ警音器の吹鳴もなさずにそのまま進行して本件事故を惹起するに至つたことが認められる。右事実によれば、本件交差点においては乙道路を進行する車輛が優先権を有していたものと認めることができ、かつ本件事故の態様を併せ考えれば、第一審原告に先入車輛としての優先権があつたとは認め難く、従つて本件事故については第一審原告に重い過失があつたといわざるを得ないが、第一審被告にも前記のとおり徐行せず、かつ警音器を吹鳴せずして進行した過失があり、その割合は既ね第一審原告六に対し第一審被告四と判断される。されば、右の限度で第一審被告の過失相殺の主張は理由があるというべきである。

(二)  次に第一審被告の弁済の主張について按ずるに、第一審被告が第一審原告に対し本件事故による損害の賠償として(1)治療費金三八万九、七六七円、(2)付添看護費金一〇万六、五二〇円、(3)入院雑費金一万三、一二〇円、(4)病院交通費金九、〇二〇円、合計金五一万八、四二七円を支払つたことは当事者間に争いがない。ところで第一審原告は治療費のうち自己支出にかかる部分を請求するだけであるが、その趣旨とするところは、本件事故による傷害の全治療費を損害として請求すべきところ、すでにその一部は第一審被告から支払を受けているのでその残額のみを請求するというにあることは、〔証拠略〕によつて明らかであるから、治療費全額について過失相殺をしたうえ、弁済の充当を行うことが公平に合すると解すべく、また、第一審被告が右支払をする際に付した支払金の名目はいずれも一応のものであつて、かかる支払がなされた趣旨は第一審被告が支払うべき損害賠償の一部の弁済に充てるというにあつたものと解することが相当であるから、第一審被告のした右弁済は、支払金の名目の如何にかかわらず、第一審原告が本件事故によつて蒙つた全損害のうち第一審被告において支払義務のある部分にこれを充当すべきである。

五  第一審被告の支払うべき金額。

第一審原告が本件事故により被つた損害のうち第一審被告が負担すべき金額は、前記三において説明した治療費金五万三、五三六円、入院雑費金一万八、〇〇〇円、付添看護費用金一万四、五〇〇円、休業損害金九万円、訴外岡田和子の旅費金二一万六、二七八円および被害車修理費金一四万二、三九〇円に、前記四の(二)で説明した第一審被告の支払額金五一万八、四二七円を加算した金一〇五万三、一三一円に第一審被告の過失割合である十分の四を乗じた四二万一、二五二円(円未満切捨)および慰藉料金五〇万円、右合計金九二万一、二五二円となることは計数上明かである。よつてこの金額から第一審被告がすでに支払つた右金五一万八、四二七円を控除した残額金四〇万二、八二五円が、第一審被告が第一審原告に支払うべき金額である。

六  よつて右と結論を異にする原判決は一部失当であるから、民事訴訟法第三八四条第一項および第三八六条の規定により原判決を変更して右金四〇万二、八二五円から原判決認容にかかる金二七万九、七一七円を控除した残額金一二万三、一〇八円を第一審被告は第一審原告に対して更に支払うべきものとし、また、第一審被告の控訴はその理由がないから同法第三八四条第一項の規定によつてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき同法第九六条および第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条の各規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 平賀健太 石田実 安達昌彦)

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